アン・ヘーブ 〜夢〜

「現実って言うのは、受け入れなくちゃいけないものだけど、言うほど簡単じゃないことがあるよね」
私のつぶやきに答えたのか、それもひとりごとだったのか分からないけどあなたは言った。

「現実って何だろうな」


−−





楓の葉っぱが紅くなってきた頃、私は一人で空を見ていた。

別に何をするわけでもなく、何かを待っているわけでもなく、ただ空を見ていた。
こういう時間が好きでもあった。
ぼんやり、何も考えず…考えていることと言えば、あの雲の形はキノコに似ているなとか、あの雲とくっついて大きくなったなとかそんなことぐらい。


「きれいだなー」
ずっと見ていても飽きない空。毎日見ても、同じ空模様だったということは無い。

「また、さぼってるな」
一人の時間を邪魔する人はそうそういない。
「兄さん、またってどういうことよ?」
文句を言っているが、顔はにやけていた。理由は簡単、大好きな人物の姿だったからだ。
兄さんは、私の先輩。
家族という訳ではなく、ただ親しいという意味で、兄さんと呼ばせてもらっている。

「ぼんやりしてて、時間大丈夫なのか?」
言われて時計を見ると、16時48分を指していた。
「うわ、やばい。行かなくちゃ…って、兄さんどうやってここまで来たの?」
よく見ると、私の車しか無かった。
「ん? ここまで送ってもらった、てことで。後はよろしく」
言うが早いか、車に乗り込んでしまった。
「まったく…」
あきれてものも言えない、とはこのことだ。
少し遅れて私も車に乗り込んだ。



「なぁ、詩乃」
後部座席に偉そうに乗っている兄さんが、不意に私の名を呼んだ。
「なんですか?」
仕事モードになると、兄さんに対しても敬語になる。言われて初めて気がついた癖だった。
バックミラー越しに姿を見る。なんだか、寂しげに見えた。
「今の仕事、楽しいか?」
「急になんですか…兄さんは楽しいんですか?」
「そうだなー楽しいとかはないかもな」
何を急に言い出したのか分からなかったが、茶化すのも悪いかと思って黙って聞いていた。
「詩乃はさぁ、まだまだ若いし、これからがあるし、今の仕事も向いてるんじゃないかって俺は思うんだよ。でも、俺はそろそろ飽きてくる時期でもあるわけで、こぉなんか色々あるんだよ。悩めるお年頃ってヤツかな」

最後は笑っていたが、なにかスッキリしないものを感じていた。でも、雰囲気をこれ以上悪くしたくなかったので、
「兄さん、何度目の思春期ですか?」
と冗談で締めた。


「さぁ、着きましたよ」
17時22分、ギリギリで約束していた場所にたどり着く。
車を駐車場に停めて、深呼吸をする。
「出陣です」
「今日、俺欠席でいい?」
だめです、と軽くいなして入り口に向かった。


(続)




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